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2008/02/28

笑顔の行方(リンク先追加有)

Photo

不思議な縁で、一緒に遊んでいる我が家の犬達とぽん王子を見ていると
運命・タイミング・命のはかなさについて考えずにはいられません。
もしも運良く新しい家族に巡り会わなかったら、この子達は十中八九、保健所に捕獲され、ただ死ぬために小さな檻につめこまれ、十数時間も船底に積まれて沖縄本島まで送られ、ガス室で苦しみながら死んでいたでしょう。
(*厳密にはガス室ではなく窒息室と言うべきか)

Photo_2 そうしたら、この笑顔は今この世に存在していなかったのです。
でも、そのかわりに別の4匹が、ニコニコうれしそうに走り回っているかもしれない。

ほんのわずかな出会いのタイミングで、今ここで遊んでいる愛し愛され犬と、ガス室で死ぬ犬とに別れてしまうのです。
今でもたくさんすぎる数の犬がいて、物のように消費されています。
これ以上、自分のところで犬の数を増やしたくないと思って、うちの子はすべて避妊去勢手術をしました。
今、生きているのに殺されていく犬を生かしてやりたい。
みなみを飼いだして半年ぐらいすると、あまりにみなみが可愛くて、ふと発作的に「みなみの子供が見たい」と孫の顔見たさのような気持ちに襲われました。
でも、私の場合は、それが単なる一時的な感傷であることがわかってました。
産まれた子供を全部飼う覚悟がなければできないことです。
みなみの子供がいないおかげで、ナツとケンの命をそれぞれのタイミングで救うことができました。
Photo_5 でも同時期にたくさんいたであろう他の捨て犬は救えませんでした。
ケンを拾ったほんの数日後に、また別の捨て犬がうちの前をウロウロしていました。
でもうちでは無理でした。その後どうなったかわかりません。
ほんの数日のタイミングで残る笑顔と残らない笑顔。

もちろん先着順というだけでなく、人と犬との相性とか縁もあるようですが。。。

こんなことを考えていたら、まるでつながっているかのように他のブログでも次々とこんな話が。

預かりボランティア満月さんのところでは、「今だからこそ書かなくては
(逃げちゃダメだ。私。ちゃんと見て!)

幸せの703号室の「ナナ達の誕生日」「数の話

羊の国のゆうさんでは、あやういところで命を救われた「イヴという犬
(犬って哀しいぐらい人間が好きだ)

にこにこ日記の「犬の十戒

犬猫屋敷の管理人さんの「不妊去勢手術の話

わんだFUL日記IIの「『責任』ということ


Photo_4 一つの命を最後までまっとうすることは、今時、人間でもなかなか大変ですが、
大量に何万匹単位で毎年殺されている犬の命を1匹でも多く全うさせてやるのに
どれだけの人間の意識の変化が、社会の変化が必要なのでしょうか。

たまたま我が家の犬となったこの3匹にめぐりあえた喜び、と同時に
めぐりあえなかった何十万匹もの犬達への謝罪(悪いのは人間です)。。。

そんなことを、幸せな笑顔に囲まれながらも、ふと考えてしまう今日この頃。

世界のどこかで、毎日この瞬間にも、人間が殺され、餓死し、虐待されています。
そして犬も、毎日この瞬間にも殺され、餓死し、虐待されています。

無力な私にもできるのは、そういう現実があることを知り、それを忘れないこと。
そう思っています。

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コメント

出来れば避けて通りたい話だけど厳しい現実があるのも事実!
飼う人のモラルの問題なんでしょうが、、、sweat02

投稿: 梅さん | 2008/02/29 00:27

>梅さん
ほんとうに、できれば知らないですませたい話ですよね。でもおっしゃるとおり、事実は事実。思い出したり、知っていることを伝えたりするだけでも、無視しているよりはいいのかなぁ・・・と思ったりしています。

投稿: 藍mi-goro | 2008/02/29 13:19

リンクありがとうございましたm(_ _)m

本当は知らずに済むほうが幸せなんだろうけど、見ない振りしたせいで、この状態!?と思うと、たいしたことはできなくても、やっぱり見ない振りだけは止めようかなってそう思います。そう思う人が増えてくれると良いですよね。

たまたま縁があって、いまのうちのコたちがここにいる。その裏には、たまたま縁がつながらなかったせいで、結果的に見捨てることになったコたちもいる。それを忘れちゃいかんなと思いますわ。ほんと……

投稿: 犬やかん | 2008/02/29 17:26

ブログを紹介して頂き、ありがとうございます。
私は石垣に来たばかりの頃、放置犬や捨て犬、放浪犬の多さにとっても驚きました。
果たして、この子は家族の一員として暮らせているのかしら?
この家の人はどういうつもりで、このワンコを飼っているのかしら?と。
私は「犬を飼う」のではなく「一緒に暮らす」という考えで、
知人にそんな事を言ったら、石垣と内地の文化や意識の違いだから仕方ないと言われて何も言えませんでした。
私はmi-goroさんの様にうまく文章で伝えることは出来ませんが、今も納得いかない犬事情に胸を痛める日々です。

投稿: まっちィ | 2008/02/29 18:43

>犬やかんさん
知らないと「なかったこと」になってしまいますよね。
見たくないこと、聞きたくないことたくさんありますが、それでもあえてその事実を認識することは自分の行動に責任を持つためにも必要だと思います。
かくいう私も犬ブログという媒体が存在しなければ、知らないことがほとんどでした。犬やかんさんのブログから学ぶことたくさんあります。


>まっちィさん
まっちィさんの記事も説得力ありましたよ。だからリンクさせてもらったんです。
本当に胸の痛むことが多いです。でもそれは島だからではなく、どうやら日本中似たり寄ったりみたいです。よけいに胸が痛みますが。

投稿: 藍mi-goro | 2008/02/29 21:20

本当に縁というのは不思議ですね。この子は助かって、この子はダメで・・私も「助けてあげられなくてごめんなさい。」と、何度思ったことか・・
こうしてブログに書くことで、一人でも多く現実を知る人が増えるといいですね。

投稿: ふぇねっく | 2008/02/29 22:52

>ふぇねっくさん
意識の変化は”知ること”から始まると思うんです。つらい話だけど時には書いたり話すことが必要かな、と。
ふぇねっくさんのように預かりができるといいのですが、うちのヤツらが個性的(?)すぎてできないのが残念です。

投稿: 藍mi-goro | 2008/03/01 11:27

ぽん王子の母です。

ホント、mi-goroさんとも何度も話したけど、タイミングですよね。すべて。人と人の出会いも、犬と人の出会いもまさに一期一会。

犬は特に人間の擁護がなければ生きて行けない、放せば野犬として狩られるし、野生にもなれない、かといって特にここ日本では飼い方のセオリーも決まっていなければ、法律上は「モノ」。もしかしたら最も不自由で微妙な立場の動物かもしれません。。

頼るものは人間しかないのに、その人間が無責任な事やいい加減な気持ちで接してしまうことが犬たちの不幸を助長しているのではないかと思えてなりません。係わった犬たちは何があっても一つの命として大切に見守る事が、当たり前の世の中になって欲しいと願って止みません。

とはいえ一人の人間が世話をできる犬には限度があるし、虐待や放置を目の当たりにしても、負いきれない責任にはある程度目をつぶらなくてはならないことも現実です。この事には本当に毎度、自分の無力感を感じるとともに胸のつぶれる思いをします。

今の現状で自分ができるのは、せめても、縁のあった犬を終生しあわせにしてやろうということ。それ以上自分になにができるのか…日々答えを探しております。

投稿: ぽん母 | 2008/03/01 16:26

人が幸せを願うように、犬達も幸せになりたいはず。なって欲しい。
でも人は傲慢で貪欲で、自己中。犬達は違うんですよね。
人が住みよくなる環境は、犬にとって残酷な世界。
ホントにこの現状をひとりでも多くの人に知って欲しいです。
そして一匹でも多くの犬に、幸せな目をしてほしいです。
どんな犬でも私達に、純粋な愛を降りそそいでくれるんですから・・・。

投稿: みっちゃん | 2008/03/01 17:34

>ぽん母さん
犬の立場は、現在の日本では物同然です。腹が立ちます。
自分にできることは限りがありますから、おっしゃるとおり、縁のつながった犬を幸せにして、一緒に暮らしていくことがまずできることですよね。


>みっちゃんさん
そちらのブログで犬という字の中心には「人」があると気付きました。人が犬の幸せをにぎっています。
幸せな人と犬がたくさん増えてほしいです。

投稿: 藍mi-goro | 2008/03/01 22:28

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